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みまなの小説置き場と化してます。(・∀・)
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手紙なんて一生書きたくないとおもた。

*




 3.   ヒナゲシの色は体を流れる血の色



 放課後、飛鳥は職員室に向かった。
 制服のズボンのポケットに片手を突っ込み、もう片方の手は汚れた鞄を握り締めている。飛鳥は新藤に対する文句を心の中で並べ立てながら、職員室の扉の前で立ち止まった。【開けたら閉める!】と筆で書かれた張り紙は、生徒たちの格好の落書き場と化している。馬鹿な女子が相合傘を書いて大騒ぎしてみたり、嫌いな奴の悪口を書いていたり……。もとの言葉が色とりどりのカラーペンで埋もれてしまって、正直気持ち悪いだけの紙っぺらになっている。
 飛鳥はそんな扉を開けて、挨拶の一言もなく職員室の中へ入って行った。もう秋だというのにクーラーがよく効いている職員室の中を歩きながら、飛鳥は深いため息を吐いた。
 新藤の席は一番奥にあった。テーブルの上はプリントやら本やらが乱雑に積まれている。丸椅子の上には、手と足を組んでしかめ面をしている新藤。右手に大きめの茶封筒を握りしめている。
 飛鳥は新藤に負けないぐらいむっつりした表情のまま立ち止まった。二人の間の時が止まってしまったのかと錯覚してしまうぐらいの長い沈黙が流れる。そんな気まずい流れを断ち切ろうとしたのか、新藤が笑顔一つ見せずに言った。

「お前宛に手紙が来ている」
「は? 手紙? 誰からだよ」

 新藤は肩をすくめて茶封筒を差し出した。飛鳥はそれをひったくるようにして受け取り、封筒の上に書かれた文字を見つめる。しばらく見つめた後、飛鳥の視線は再び新藤に移った。飛鳥の表情には戸惑いの色が浮かんでいた。そして新藤も、戸惑っている。
 新藤は怪訝そうに眉間にしわを寄せた。

「心当たりがないのか? 何か人に喜ばれるようなことをお前がしたのだと思って、先生は嬉しかったのだが……。いや、まあ驚きの方が大きかったのも事実だが」

 飛鳥は首を傾げただけだった。本当に、まったく心当たりがなかった。強いて言えば……この前の電車の中での出来事。だが席を譲ったくらいでこんな茶封筒が届くものか? 飛鳥は新藤にはあえて何も言わなかった。
 しかし実際、感謝されるようなことをした覚えはこの一件しかない。飛鳥は半信半疑のまま差出人不明の茶封筒を見つめていたが、やがて黙って新藤に背を向けた。

「おい、辻井! 何も言うことは無いのか?」

 まるで刑執行寸前の死刑囚に言うような言葉だと、飛鳥は内心せせら笑いながら、冷たく答えた。

「お前に言うことなんかねぇよ。用件がこれだけなら、俺は帰るから」

 飛鳥は新藤に呼び止められない間に、逃げるようにして職員室を後にした。茶封筒を大切に抱えたまま、そのまま足早に校門を出る。

「今日は部活もないな……」

 飛鳥は呟き、いつもの腕時計で時間を確認した。部活がないおかげで、いつもより早く帰れそうだ。
 飛鳥の所属しているバスケットボール部は、この辺りでも素行の悪さは格段に有名だった。実力よりも態度の悪い不良軍団という悪い評判だけが先行していた。だがそれは紛れも無い事実ではあったから、先生達もあえて訂正しようとはしない。
 飛鳥は練習には行っているのだが、特に一生懸命頑張っているわけもなく、ずば抜けた才能もあるわけでは無い。何せ皆不真面目なので先生も完全に匙を投げており、体育館は無法地帯と化していた。
 今日も部活はないが、皆コートの隅に集まって色々とやらかしているのだろう。仲間と体育館の隅にたむろしてもいいが、飛鳥はそれどころではなかった。手で握った茶封筒の中身が気になって仕方ないのだ。

 まだがらんとしている電車の中で、飛鳥はすぐに空席を見つけ座った。ゆっくりと動き始める電車に揺られながら、飛鳥は待ちきれずに茶封筒を開けて中身を取り出した。
 茶封筒の中には、淡い桃色の便箋が一枚入っていた。飛鳥は折りたたんであるそれを丁寧に広げて文面を読む。流れるような達筆が飛鳥の目に飛び込んできた。

【拝啓 辻井 飛鳥様
 さわやかな好季節を迎え、いかがお過ごしでしょうか?
 先日は誠にありがとうございました。あれから一週間ほど経ちますが、あなたの親切は忘れることがありません。
 つきましては、あなたにお礼として、私の形見であるヒナゲシのブローチを差し上げたいと思います。
 些細なものではありますが、お礼として受け取って頂きたいと存じます。
 敬具】

 やはり名前は書いていなかった。念のため便箋を裏返して確認してみたが、差出人の名前はどこにも記されていなかった。だが飛鳥は確信した。この手紙の差出人は、あの時の老婆であるということを。
 飛鳥は茶封筒を逆さにした。膝の上に、赤いブローチがぽろりと落ちた。飛鳥はそれを慎重に手に取って、じっと見つめる。

「花?」

 そのブローチは何かの花をかたどったもので、精巧に造られていた。ヒナゲシというのがどういう花なのかは分からなかったが、燃えるような赤い色が印象的だ。見る人全てを虜にし、ブローチの中へ吸い込んでしまいそうな、赤。
 飛鳥はしばらくそれを見つめていたが、突然恐怖に駆られ、落ち着かなく辺りを見回した。
 ――本当に、このブローチを貰う権利が俺にはあるのか? あの人の形見のブローチを貰う権利が、俺にはあるのか?
 答えは否だった。つい一週間前に出会って席を譲っただけであった自分が、老婆の形見であるブローチを受け取ることなどできない。形見だと思うほど大切なブローチを、何故渡したのか。飛鳥は考えたが、いくら考えてみても明確な答えは浮かばなかった。
 老婆の意図は何なのか? 考えれば考えるほど、何故だか恐ろしくなった。このブローチを渡したのにはとてつもなく深い理由があると、飛鳥は薄々感じていた。

「こんなの……貰えねえ」

 飛鳥はそう呟くと同時に立ち上がり、周りを見渡してあの老婆が乗っていないかどうかを調べた。空席の目立つ電車内は、いつもの帰宅ラッシュとは比べ物にならないほど静かだ。その中に、老婆は居なかった。
 飛鳥は諦めずに大股で歩きながら、隣の車両も調べた。――いない。さらに隣の車両へ向かう。――やはり、老婆の姿はなかった。
 すべての車両を調べたが、老婆は乗っていなかった。飛鳥は落胆して肩を落し、再び空席に体を埋めた。手に握り締めていた赤いブローチを制服のポケットに滑り込ませ、いつしかうつらうつらと夢の世界に入り込んでしまった。

          *

 結局、老婆の姿は見つけられなかった。飛鳥は仕方なくブローチを茶封筒の中に入れ、電車を出るとそのまま家に向かった。
 今日は見つけられなかったが、それはこの前と電車の時間帯が違っていたからかもしれない。また明日探せばいい、そしてブローチを返せばいい。「俺はこんな綺麗で高価なものを貰う人間には値しません」と言って。
 飛鳥の家は駅から徒歩五分程度の、閑静な住宅街の一角にある。彼はいつも立ち寄るコンビニには目もくれず、そのまま足早に家に向かった。
 鍵を開け、中に入る。飛鳥の両親は共働きで、二人とも帰宅は夜遅くだ。だから飛鳥は一人で晩御飯をつくり、テレビのバラエティ番組を眺めながら黙って食べる。一人を寂しいとは思わなかった。昔から親が家に居なくて慣れてしまったのか、それとも元々そういう性分だったのかは分からないが。
 飛鳥は茶封筒をリビングのテーブルに置き、鞄を床に放り投げて椅子に座った。大きなため息を一つついてから、ポケットからブローチを取り出し、封筒の隣に置く。

「……どうして俺にこのブローチを?」

 呟いたものの、誰も答えてくれるはずもなかった。
 とにかく、早く老婆を見つけてこれを返すしかない。形見のブローチを貰う権利も義理も、飛鳥にはないのだから。
 飛鳥はテーブルの隅に置いてあるリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を入れた。
 ブローチのことを延々と考えても仕方が無い。せっかく早く帰ってきたのだから、テレビでも見ながらお菓子を食べることにしよう。――飛鳥はそう考えて、何か面白い番組はないかとチャンネルを変えていたが、やがて肩を落とし舌打ちした。

「ニュースしかないのかよ」

 やはり夕方はニュースしかしていないのか。飛鳥は落胆し、仕方なくニュースを横目にお菓子を食べることにした。戸棚からポテトチップスの袋を取り出し、どさりとテーブルに置く。ポテトチップスのせいで指についた脂をティッシュで拭き取りながら携帯をいじっていた飛鳥は、ふと顔を上げた。
 テレビが見覚えのある場所を映し出していた。隣の駅の近くにある商店街の中を、女性レポーターが張り詰めた表情で歩いている。飛鳥は思わずテレビ画面を凝視していた。小さい頃親と一緒に買い物に行ったこともある商店街は、人も少なくがらんとしている。……何かあったのだろうか。

「女性は、このポストから十メートルほど先のところで殺されていました」

 殺された? 殺人事件が起こったのか。飛鳥はますます注意深くテレビの画面を見つめる。
 突然画面が変わって、画面いっぱいに被害者の顔が映し出された。その瞬間、飛鳥は思わず「あっ」と声を上げていた。
 画面に映し出されていた顔。それは先日会ったあの老婆だった。老婆が殺された。何者かに殺された。だが何故? 飛鳥にブローチを渡したのは……――。
 飛鳥は食い入るようにニュースを見つめた。この一件で、老婆への謎はさらに深まっていった。
 だが、飛鳥はまだ知らなかった。この老婆の死と、燃えるように赤いブローチが、飛鳥のすべてを変えてしまうことになることを――。




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