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ポルノグラフィティ「鉄槌」がモデルです。
鬱曲であり神曲でもある。
【神の鉄槌はまだ】
カメラから焚かれたフラッシュが彼女を包んだ。彼女はフードで顔を隠し、マスコミと野次馬の間を縫ってパトカーに向かった。野次馬の一人が彼女のフードに手を伸ばしたが、周囲をかためている警官に振り払われた。 「何か一言、ないですか!」 パトカーに乗り込む直前、若いレポーターの声が彼女の耳に入った。警官が押し込もうとするのを華奢な手で押さえ、顔を上げる。カメラのフラッシュが一際眩しくなった。彼女の顔は美しくもないし可愛らしくもないが、不思議な魅力があった。そしてその表情は歪み、憤怒を必死に堪えているようにも見える。明日の朝刊に使うのか、来週の週刊誌に使うのか、カメラマンたちは彼女の顔を一瞬の間に何度も撮影した。そんな群集を蔑むように一瞥し、彼女は叫んだ。鬼気迫る表情、そのもので。 「私は何もしてない!」 「人殺し!」 彼女の叫びに間髪いれず、野次馬の一人が叫び返した。それに反論しようと口を開きかけた彼女を警官が無理矢理押し込む。後部座席のドアが閉まる音を合図に、パトカーはサイレンを鳴らし、発進した。ゆっくりと動き始めたパトカーを追うように人々が群がる。カメラのフラッシュが再び眩しくなる。光がパトカーを包み、やがてそれは記者たちの見えないところまで走って行った。 菅原 友希は恋人を殺した。包丁でメッタ刺しだ。間違いなく黒であり、犯人は友希であると警官は確信していた。第一、友希以外に誰が彼を殺す? 大学の医学科で成績トップ、交友も広くて誰からも好かれていた、いわゆる漫画にしか出てこないパーフェクト人間だった彼を。 そんな彼も、友希には辛く当たった。友希の仕事に好感を持っていなかった。彼は事あるごとに友希と喧嘩をし、彼女は彼に不満と恨みを募らせていった。どうして私を認めてくれないの? 私、あんたと違って勉強もできないし、自信があるのってスタイルだけなの――。彼女はよく彼にそうぶつけたという。 彼の家の近所に住んでいた主婦は、警官に唾を飛ばしながら証言した。 「犯人は絶対あの女よ、何だっけ、菅原 ゆうき? あ、ゆき、ね。モデルだか何だか知らないけど、あの子が殺したに違いないわ。この前なんてね、深夜二時ぐらいに彼の家の前で叫んでたの。なんて言ってたと思う? ”殺してやる”って言ってたのよ! 恐ろしい女」 友希は最近テレビに出演し始めたモデルだった。人気モデル、とまではいかないが熱烈なファンもたくさんおり、スキャンダルが起きると注目されるような地位にはいた。友希が恋人を殺害したというニュースは瞬く間に日本列島を駆け巡り、大きな話題になった。週刊誌には刺激的な見出しが躍り、今まで彼女を持ち上げていた評論家たちがこぞって批判を始めた。結局、友希は他の有名人達と同じように、あっという間に散っていった花に過ぎなかった。それも人を殺したという、最悪のスキャンダルで。 友希は容疑を否認したが、証拠は完全に揃っていた。友希の家の台所にあった包丁から、彼の血液反応が出たのだ。疑い無き証拠。包丁には彼の血液と彼女の指紋以外には何もなかった。容疑確定だ。言い逃れなど出来ない。それでも友希は喚き続けた。 「私、絶対にやってません。確かに彼との交際はうまくいってなかったけど……殺したりなんかしません。他人が私に罪をかぶせようとしたんです!」 「ふうん」 警官は冷たく笑った。 「じゃあ、誰がどうやってどういう動機で彼を殺したんだね?」 「だから、誰かが……」 「いい加減諦めなさい。もう言い逃れは出来ないんだよ」 友希は唇を噛む。この状況で、このバッシングの嵐で、誰が私を信じてくれるのだろう? * 少年は愉快そうに笑いながらテレビを見ていた。最近のトップニュースはずっと菅原 友希の件だ。友希が泣きながら容疑を否認していると聞いて爆笑した。あの女、いまだに涙が女の武器とでも思ってんじゃねえの?チャンネルを変える。友希の顔が画面全体に映っていた。輝かしい日々を送っていた頃の友希の映像を流しながら、若いアナウンサーがニュースを読んでいる。いい気味だ、少年はニヤリと笑みを浮かべた。 「なあ、芦原」 少年はテレビに映っている友希に語りかける。膝の上の拳をぎゅっと握り締めると、青白い血管が浮き出た。友希を見るだけで、あのときの忌々しい感情が蘇ってくる。セーラー服を着て、校門をくぐる友希。それをじっと眺める自分。すべての生徒を蔑んだように笑う友希。皆の笑い者になった自分――。 ああ、いい気味だ。 「皆に蔑まれる気分はどうだ、芦原? 濡れ衣を着せられて」 そう、濡れ衣を着せられて。 友希は殺人を犯してはいない。少年はそれを知っている。彼こそが、彼女の恋人を殺めた犯人だからだ。彼女の恋人を殺す動機は何もない。目当ては友希だった。友希が濡れ衣を着せられるようにシナリオを仕立て、少年は恋人を何の躊躇いもなく殺した。そして少年の狙い通り、友希は逮捕され、マスコミはそれを大きく取り上げて彼女をさらし者にした。大成功だ。少年はテレビをじっと見つめる。元刑事だかなんだかのコメンテーターが、若者云々という的外れの議論を始めたところで、リモコンのスイッチを押した。ぷつり、とテレビが灰色の画面に戻る。 「そうやって反省するといいよ。自分が今までどれだけの人に大切にされ、どれだけの人を切り捨てて馬鹿にしてきたか、思い知れば良い」 淡い紫色のソファから立ち上がり、床にあったコートを羽織る。その音を聞きつけて、窓際で日に当たっていた犬が寄ってきた。尻尾を振って、飼い主である少年を見つめる。少年は肩をすくめ、犬に言った。 「散歩、いこうか」 通じたのか通じていないのか、犬はワンと一回だけ鳴いた。 * 繁華街、といえるほど栄えてはいない。けれども、そこそこの賑わいはある。そんな場所に、二人は立っていた。気配を殺して早足で歩道を歩く。前方で騒ぐ学生達を抜かし、昼間から酔っ払った中年の男も抜かす。二人とも一言も発さない。皆が賑わっている中で、真剣な顔をして歩くこの二人の存在は浮いていた。 「このあたりだよ、姉さん」 二人のうちの一人が、足を止める。ショートカットの女だった。季節外れのサンダルがかつんと音を立てた。もう一人、姉さんと呼ばれた女もつられて立ち止まった。ショートカットとは逆に、腰まで伸びるロングヘア。でも足元はやはり、季節外れのサンダルを履いている。誰がどう見てもおかしな二人組だった。若い女の子達はその気配を察知する能力でもあるのか、揃って二人を避けていく。 ショートカットがくんくんと犬のように鼻を動かし、匂いをかいだ。姉はそれをじっと見つめる。しばらくして、妹の鼻の動きが止まった。舌打ちして、姉の顔を見る。睨みつけている、と言った方がふさわしいかもしれない。姉の整った眉がぴくりと動いた。 「最悪だよ、姉さん」 「どうしたの」 「今度の獲物は大物かもしれない」 「大物?」 首をかしげる姉をじれったく感じたのか、妹は地団太を踏んだ。サンダルのかかとがコンクリートに当たるたびに音が鳴る。 「姉さん……たぶんだけど、でも、あたしの嗅覚に間違いはない。殺してる、誰かを」 姉の表情が変わった。妹が地面を蹴って駆け出す。姉も慌ててその後を追った。 「ああ、おもしろくなってきたよぉ」 妹は短い髪を揺らしながら、くっくと声を上げて笑った。その様子を見て、姉はほんの少しだけ顔をしかめる。 「人殺しを追うのにおもしろいはないでしょう」 「ううん、おもしろいの。最高に。人を殺してへらへら笑っているような奴には、最高の制裁を与えなくっちゃ」 横断歩道を渡る。ターゲットを見失わないように目を凝らすのは、姉の役目だった。 ――神の鉄槌はまだ、下らず。 終。 PR この記事にコメントする
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